女性恐怖症の芸能人に見る問題の多様さと女性恐怖症克服のためのヒント

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コアトルの心理学探究

コアトルはこれまで、何度か女性恐怖症について、その原因やチェックポイントなどを整理してきました。

参考記事
女性恐怖症という人生における多大な損失 まずは原因を究明しよう
女性恐怖症かな?と思ったら まずは自分の現状をチェック 特徴的な症状とは

世の中とは面白いもので、お金持ちやイケメンが多い芸能人の中にも、女性恐怖症の人がいるのです。

 

具体的にはナインティナインの岡村隆史さんと、俳優の阿部寛さんということになりますが、極めて対照的なお二人の女性恐怖症について詳しく見ていくとともに、

 

それらから導かれる女性恐怖症克服のためのヒントについて考えたいと思います。



岡村隆史はなぜ女性恐怖症か?

『めちゃ×2イケてるッ!』で90年代〜00年代のエンタメシーンをリードし続けた売れっ子芸人である、ナインティナインの岡村隆史さんですが、

 

彼は軽度の女性恐怖症であることを白状しています。

以前から岡村に女性不信的な面があったことは有名だが、今月5日に出演した『ホンマでっか!?
TV』(フジテレビ系)では自身が結婚したいのにできない理由を軽度の女性恐怖症にあると告白した。なんでも最初に交際した女性が二人きりになったとたん豹変し、積極的に体を求めてきたうえに、かなりのテクニシャンだったらしい。男ならヨダレが出るほどおいしい状況のはずだが、岡村は「汚らしいーっ!」と叫びながらその場を飛び出したという。まるで思春期の乙女のような反応だが、その潔癖な性格はやはり異性以外の交友関係においても障害となるようだ。出典:ナイナイ岡村の女性恐怖症

それでなくたって、以前から「彼女を作ろう企画」などを度々番組で企画されているので、売れっ子芸能人あるにもかかわらず、女性にはあまり縁がなさそうな印象は皆さんもお持ちだったかもしれません。

 

興味深いのは、岡村さんの自己分析によると、「最初に交際した女性があまりにも積極的で、しかも経験豊富そうだった。それを汚らわしいと思ったために、以後異性関係に支障が生じるようになった」ということですが、

 

これはテレビ向けの方便、嘘でありまして、実際はもう少し違うところに原因があるのではないかと個人的には思います。

 

というのも女性恐怖症を発症する場合で、その原因が女性との具体的な関係におけるトラウマ的出来事であった場合は、もっと幼い幼少期に原因がある場合がほとんどだからです。

 

邪推と言われることを恐れずに申し上げれば、彼の場合背が低く、顔もイケメンとは言えないので、女性からは嘲笑の対象にあった可能性が高いと思われます。

 

どうも彼はそのコンプレックスをバネに努力してきたようなフシもありますので、やはり小学校くらいの時の失恋など、何らかの経験が根本的な原因であると考えられます。

女性恐怖症の人は理想の女性をオブジェ化してしまう

これに関連して、女性恐怖症の人は、多くの場合、理想的な女性像を完全に自分の頭の中で創造してしまう傾向にあります。

 

そしてこれが益々女性恐怖症を悪化させてしまうのです。

 

というのも、女性恐怖症になると、当然女性との接触は極力避けるようになりますが、一方で女性への欲求そのものがなくなるわけではないのです。

 

そうすると、自分にとって利用の女性、女神と言い換えてもいいかもしれませんが、つまり自分を受け入れてくれ、かつ完全に自分の好み通りの女性を、

 

頭の中で作り上げてしまう。

 

こうなると、実体としての女性はどんどん俗物的な軽蔑の対象に落ち込み、全く主体性のない女神としての理想の女性を追求してしまう。

 

あるいは、姿形は自分が好意を寄せている女性と全く同じだが、性格や立ち振る舞いは自分の妄想通り、というような女性を妄想することもあるでしょうが、

 

何れにしても、理想の女性に対しては、その女性の主体性、というものを全く認めなくなってしまうのです。

 

こうなってしまうと、いざ現実の女性に接する時、頭の中では大好きな女神が現実化していると錯覚するがために赤面するなどの症状が出ますが、

 

一方で、その内実はやはり自分の理想からかけ離れているがために、幻滅してしまったりして、異性関係を発展させることができなくなるわけです。

 

同じような理屈で、女性恐怖症の人の多くが二次元のアニメキャラに没頭してしまう理由も説明できるのです。

阿部寛は女性恐怖症ではなく苦手症?

岡村隆史さんとは正反対に見えるイケメン俳優の阿部寛さんも、女性恐怖症なるやの噂があります。

 

メンズノンノのカリスマモデルとして人気を博した彼は、俳優業に進出するもありきたりや役柄しか与えられず活躍の幅を広げられなかったとのことで、

 

一時は開店休業状態になってしまったようです。

 

2000年ごろから再ブレイクし現在に至りますが、2008に一般人女性と結婚するまで、ほとんど浮いた話がなかったことから、

 

女性恐怖症なのでは?という噂が囁かれたそうである。

 

実際のエピソードとしては、

阿部は今でも払拭できないトラウマがあるという。
「一度話した女性ファンにしつこく付きまとわれて、部屋の隣にまで引っ越してこられた。マスコミにも勝手に結婚すると公表された。阿部は本当にこの女性を恐れていた」(関係者)
阿部寛、女性恐怖症!?忘れられないトラウマ

 

うーん、確かに、ある意味では女性恐怖症と言えるかもしれませんが、しかしちょっと考えれば、阿部寛さんが、我々が問題視している意味での女性恐怖症ではない、ということがわかるでしょう。
女性恐怖症かな?と思ったら まずは自分の現状をチェック 特徴的な症状とはでも書きましたが、女性恐怖症の症状として以下のものが挙げられます。

■女性と話す時、常に相手が自分に対してネガティブなイメージを持っていると連想してしまう。(醜形恐怖症)

■女性と話し終わった時、異常なほど、「あそこでああ言えばよかった」などと思ってしまう。(不要の後悔)

■いつもざっくばらんに話す男友達に声をかけようと思った時、その友達が女性と話しているのを見ると、声をかけるのが億劫になる。(不必要なシチュエーション選別)

■女性は自分のことを顧みてくれないと頭から決めかかっている。(負の先入観)

■女性の目をまともに見ることが出来ない。(赤面症)

■女性と話す時、テンパる。(赤面症)

■女性の少しの顔の表情の変化が気になる。(コントロール不能の恐怖)

■相手が自分を受け入れてくれているとわかった途端、上記の問題が半分以上解消される。(自分勝手な理屈)

■自分を特別な存在とみなしていない女性と、会話したり交流するのがストレスで不快である。(自分勝手な理屈)

こういう症状がもし出るならが、とても俳優などでは食っていけません。しかもヒロインの相手役が多い主演級の人物であればなおさらです。

 

阿部寛さんは、ストーカーをされた経験から女性に対して恐怖心を抱いている、ということであリますが、別に女性と話して赤面するわけではないのです。

 

おそらくそのストーカーに対する自分の態度にも、少し反省する点があったのではないでしょうか。

 

毅然とした態度を取らなかったばっかりに、増長してストーカー行為がエスカレートしてしまった。

 

しかし自分は優しいから、毅然とした態度は取れない、だから最初からあらゆる女性に対して、ぶっきら棒に接するようにしようと心がけた結果なのではないかと思われます。

女性恐怖症克服のヒント

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岡村隆史さんの例で述べたように、女性恐怖症の人は、女性の主体性を全く認めない傾向にあります。

 

確固とした創造上の理想的な女性像が頭の中にあるので、実際の結婚相手などにも、その理想と限りなく近い女性を望んでしまうのです。

 

皮肉にも、そうした女性が万が一いたとしても、とても恥ずかしくてまともに接することができませんし、また、そういう女性は実際には存在しないので、

 

おそらくよほどの外部要因(強制的なお見合い、おめでた婚など)がなければ、いつまでたっても結婚できない、あるいは彼女すらできない可能性が高い。

 

逆に女性恐怖症の人は、完全に主体性を消すように訓練され、自分の要求通りに動いてくれる女性がいる成人向けのお店などには、

 

かえって頻繁に通ったりするのです。

 

またこういう女性には、普段周囲にいる女性と接する時に比べて、赤面したり緊張したりはしないものです。

 

というのも、そういうお店の女性は、決して自分を否定しませんし、主体的な主張もほとんどしないということを初めから知っているからです。

 

そしてここに、女性恐怖症克服のヒントがあると思うのです。

 

女性恐怖症は、これをすれば治る、などという処方箋のようなものはありませんが、現状、主体的な女性を認めることができない、という大きな問題がある場合が多い。

 

なので、まずは女性というものを、主体的な同じ人間として、特別視しないということが出発点かと思います。

 

女性恐怖症の人の多くは、女性を過大評価しすぎなのです。

 

我々が普段雑誌で見るような、どんなに綺麗な女性でも、フォトショ修正なしでは案外汚い肌をしていたりするものです。

 

ましてや一般人の裸体など、どれだけスタイルが良い綺麗な女性であっても、汚らしいものなのです。

 

別に侮辱的に接しろ、というわけではもちろんないのですが、あくまで普通に存在する普通の人間として認識する、という意識を強く持つことが重要かと思います。