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ウルトラマンなどヒーローが負けることに異常に興奮していた幼少期の癖について

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私コアトルは別にセンチメンタルな暴露をして炎上させたり共感を得ようという、泰葉みたいな変な趣味はありませんが、

 

どうもこの癖に関する記憶だけは20代になっても繰り返し思い出されますので、気持ちの整理ついでにこのブログに書くことにしたわけであります。


子供の頃、近所にあったレンタルビデオ屋(勿論当時まだTSUTAYAはありません)によく親に連れて行ってもらいましたが、

 

私は一般的な子供と同じく、特撮ものの映画を好んで借りていました。

 

すなわち、ウルトラマンシリーズや、ゴジラシリーズと言った映画です。


ゴジラはヒーローというよりは、ヒール的な扱いで、その主題も実はかなり文明批判の要素も強く、ゴジラという存在に関しては今尚議論があるほどですが、

 

ウルトラマンについては、彼がみんなのヒーロー的存在である、ということは議論の余地はありません。



ヒーローが負ける姿に異様に興奮した理由は何か

Unsplash / Pixabay

コアトルはおそらく、当時出ていたウルトラマン系の映画は全て借りて鑑賞しました。

 

ほとんどの場合パターンは同じで、宇宙人やら怪獣とウルトラマンが戦うわけですが、最後は必ずウルトラマンが勝つ、というものです。

 

最初の頃はウルトラマンを応援していたように思いますが、いつの頃からか私はウルトラマンではなく怪獣の方を応援するようになっておりました。

 

中でもウルトラマンを倒してしまうゼットンの回や、ゴルゴダ星でウルトラマンが磔にされる回などは格別の興奮がありました。

 

しかし長じてから、なぜ怪獣の方を応援したのかについては、私を悩ませてきたわけです。

 

誤解のないようにもう少し詳しく説明しておくと、単刀直入に申し上げれば、ウルトラマンが怪獣に攻撃されたりして窮地に陥っているところを見て、

 

私は非常なる興奮を覚えていたのであります。

 

この興奮を得たいがために、怪獣を応援していたわけですが、この興奮作用が、凡そ殆どの幼少期の子供にとって一般的に起こるものなのか、

 

それとも稀にしか起こらないものなのか、ということがまず第一に気になるところでありました。

 

この部分の結論を先に申し上げれば、やはりわずかながら同じ感情を持っていた人はいるようです。

 

長じてから、色々とネットで検索をしましたが、例えば知恵袋で同様の質問を投げている人がいることからもその存在が確認できたわけであります。
知恵袋の記事

 

また、新世紀エヴァンゲリオンやシンゴジラで有名な庵野秀明氏も同様の発言を対談中にしています。

出展: 「ウルトラマンがやられていると興奮する」 庵野秀明と樋口真嗣が語る特撮とは?

 

そういうわけで、同じような感覚の持ち主は多くいることはわかりましたが、次に疑問なのが、どういう心理作用によって興奮してしまっていたのか、

 

というものであります。

 

ひょっとすると、自分は異常な癖の持ち主で、気をつけないと犯罪者になるリスクもあるのではないかと、不安だった時期もあるほどです。

仮説1 元来的なサディスト

Greyerbaby / Pixabay

今や一般名詞になりましたが、いわゆるSとかMとかいう趣向の一種で、サディストはフランスの貴族であり小説家のマルキ・ド・サド氏からきています。

 

この定義ですが、

相手(動物も含む)を身体的に苦痛を与えたり、精神的に苦痛を与えたりすることによって快感を味わう。また、そのような行為をしている自分を妄想したり相手の苦痛の表情を想像して興奮を得る嗜好の一つのタイプ

出展:Wiki サディズム

なるほど私は元来的にはS気質の持ち主でウルトラマンにおいては、ウルトラマンに対して苦痛を与える怪獣を自分に見立てて投影することで、

 

興奮を得ていたのかもしれません。

 

確かに私はどちらかというとSの気質があると自覚していますが、しかし100万人に1人くらいの異常なまでのSかというと、そういうわけではないと言い切れます。

 

加えて、この仮説には重大な弱点がありまして、自分自身をウルトラマンに投影しておけば、もっと簡単に興奮が得られたに違いないのです。

 

にもかかわらず、いつも怪獣に自分を投影していた、というのはちょっと腑に落ちません。

 

ただし、人間にはある程度自我というか、自分はこういう存在だ、というのを子供ながらに知っているので、

 

自分はヒーローにはなり得ないと悟っていたからなのかもしれません。

 

またあるいは、人間には権威を掣肘したい、完全無比の権力に傷を与えたいという心理もあるのですが、

 

そういう心理的作用があいまっていたのかもしれません。

仮説2 ウルトラマンを女性に見立てた

panajiotis / Pixabay

これは、先ほどの庵野秀明氏の発言によって補強される仮説でありましょう。

 

そもそもウルトラマンの体躯というのは、人間に似ている。一方で怪獣は人間の体つきからは程遠いフォルムです。

 

そしてウルトラマン、元々は男性の人間が返信している、ということはあるとはいえ、

 

どちらかというと体つきは女性っぽい。

 

男性にあるはずのものはないように見えるスーツを着ていて、しかもスタイルも良い。(決してデブのウルトラマンがいないのは今の時代は批判の対象になるのかもしれません。)

 

子供自分に返って想像しますと、万が一ウルトラマンがデブだったり、男性にあるはずのものが明確にはっきりとわかるような形のスーツを身にまとっていれば、

 

興奮はしなかったかもしれません。

 

しかし実際にはウルトラマンはそのような中性的、女性的な要素をその体に表しているのであります。

 

こう考えてみますと、まず幼少期における生理的な目覚め、思春期に来るはずの目覚めが少し早く来ていたのかもしれません。

 

そして仮説1で述べたような、生得的な趣向も合間って、怪獣によるウルトラマンへの攻撃は、

 

私に快楽的興奮を与えていた可能性が高いと思われます。

 

そしてまた、仮にこの事象に異常性を認める場合、それは思春期に到来するはずのものが一部早期に出現した、

 

というところに少々の特異性はあるものの、決してシリアルキラーなどに顕著にみられるような異常な性格傾向を保有しているということまでは意味しないと結論づけることができると思います。

 

何か自己肯定のためのエントリになってしまいましたが、ブログなどというものはほとんど自己満足のためにあるのですから文句を言われる筋合いはありません。

 

しかしもし、同様の傾向をお持ちで、少なからずお悩みの方がいらっしゃるのであれば、少しでも参考になればと思います。



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