「ビッグデータと人工知能 可能性と罠を見極める」 (中公新書)を読みました

コアトルの書評

評価:4.2点
著者:西垣通氏

本書は良書に分類されると思う。

 

新書でも、かなり専門用語が多くて読むのが辛くなるのもたまにありますが、本書は非常に平易で、素人にもわかりやすく書かれています。

 

巷ではよく、近い将来こんなに多くの仕事がAIに取って代わられますよ、などということが言われる。

 

またその調査を実施するのが、結構大手のシンクタンクやコンサルティングファームだったりすることもあり、漠然とした不安を抱いている人も多いかもしれません。

 

本書は、そういう人に特におすすめかと思います。

 

AIがチェスのチャンピョンどころか、より複雑と言われた将棋、また不可能と言われた囲碁についても、人間を破る時代になり、

 

世界の注目がAIに注がれている。

 

将来的には囲碁などの極めてルールが限定されるような特殊な分野以外においても、AIが人間の能力を超えた結果を出すのではないかと、

 

多くの人がなんとなく想像している。

 

果てはシンギュラリティと言って、AIが人間の知能を超えてしまう、などという予測もあり、その技術について明確な見通しが立っているわけではないにもかかわらず、

 

特に欧米ではシンギュラリティを現実的なものとして捉える人が多いという。

 

西垣氏は、こう言ったAI万能論ともいうべき主張に対して、はっきりと懐疑的である。

 

書籍の中でこのような主張するためかどうかは知らないが、作中はやや、意図的に真っ向から反対するようなスタンスを取っているのは少しわざとらしくて気にかかるものの、

 

世の中の風潮がAIの能力向上を盲目的に肯定している状況の中で、エンジニアとアカデミックの世界において活躍してきた西垣氏が、

 

シンギュラリティの実現というストーリーに懐疑的であることを心強く思う読者も多いと思う。



氏がAI万能論に懐疑的な立場を取る理由として、特に面白かったのは、暗黙知に関する部分である。

「例えば自転車の乗り方」などという知識というか知見、経験は、言葉で伝えるのは難しい。

IT技術は全て0と1のデジタル情報で成立していることを考えると、こう言った暗黙知を全てAIが模倣し実現するということは難しいと考える方が自然である。

 

また、自転車の乗り方に限らず、人間生活の日常においては、暗黙知の他に、文脈に応じて意味が異なる言語、他者に言い表せないような感性、クオリアなど、

 

極めて複雑な要因が重なり合って成り立っている。

 

このように織りなされる人間社会を、全て理解しかつそれを超えるようなAIというものの出現はありえないと。

 

また同じ理由で、この世に存在する多くの仕事が、AIに完全に取って代わられるような心配もそれほどないと著者は言う。

 

また、仮に一部の仕事がAIに取って代わられたとしても、AIによる仕事が人間よりも常に優れている、と言うことはないので、

 

結局人間がこれを管理する必要があるだろうと。

 

なので、AIに仕事を取って代わられるなどと言うことは、そんなに心配しなくて良いと言うわけです。

 

また、シンギュラリティ思想とユダヤ・キリスト教の関連を述べる部分も面白い。

 

ユダヤ・キリスト教は普遍主義を信奉しており、神を最上位とした純然たる上下関係で規定されたピラミッド型の世界観を持っていると。

 

つまり神、人間、動物(ゴイム)、そしてその次に位置付けられるAI(それは人間による被造物だから)に、もし人間と同等の、あるいはそれ以上の知性が備わった場合に、

 

その被造物が人間に対して反乱を仕掛けてくるのは当然だと考える社会的風潮があると言う。

 

これは、「猿の惑星」みたいなもので、猿に人間のような知性があったら、当然歯向かってくるだろうと。

 

このようなモチーフは、猿の惑星以外にも、サメを賢くしたら襲われた、と言うディープブルーと言う映画や、知性を持ったアリが人間を襲う映画とか、

 

アメリカ映画においては枚挙に暇がない。

 

これは結局彼らが持つ世界観の問題である。

 

日本人の場合は、動物が襲ってくるのは人間が動物の自然を破壊した時くらいで、基本的には共生、共存できると言う前提が存在する。

 

そんな前提はない、と言うのがユダヤキリスト教の考え方であって、それゆえに、人間を超える知能を持つAIの出現(=シンギュラリティ)は、

 

逆に現実味を持って語られていると言うわけです。

 

もっとも、アメリカ人もユダヤ人も、みんながみんなそう深刻に思っているわけではない。しかし、それを煽ることで、研究資金の獲得にはちょうど良い物語を説明できる、

 

スポンサーからの予算獲得に都合の良い概念であると言うことも見逃せないと、著者は言う。

 

将来のことは誰にもわからない、と言うのが大前提だから、AIが人間の知能を超える、などと言うSFチックでありながら、なんとなく現実味のありそうな話、

 

そしてそれに対する畏怖、と言うものは、金を引き出すのに都合が良いと。

 

そう言った複雑な事情をわかりやすく解説するとともに、日本がAI研究で失敗しないための処方箋なども合わせて書かれており、

 

私欲のない純粋な著者の思想の一旦が垣間見れる良書でありました。