再現性を意識せずに感覚で仕事をする人は大抵他の仕事もできない

geralt / Pixabay
お役立ち情報

コアトルは不肖なりといえども、匿名のブログ記事であることを言い訳に、これまでも何度か仕事ができない人に見られる典型的な特徴を述べてきました。

 

今回も僭越ながらそれに類する記事となります。




オリジナルの抽象的な感覚で仕事をする人

Antranias / Pixabay

こんなコアトルにも、つまりこんな鬱気質で適当な人物でも、部下が何人かいるわけですが、やはり上司として部下の仕事ぶりを見るにつけ、

 

どうしても我慢できないことが出てきます。

 

まあ、基本的には部下の優秀さを信じておりますので、ほとんどの場合は特に何も言いませんし、何か言うにしても、成果物に対してあーだこーだネチネチ言いながら、

 

業務プロセス面に踏み込んでいくと言うタイプなので、絶対部下からは嫌われてると思いますが、やり方については普段大目に見ています。

 

それでも最近我慢できなかったのが、非常に自分流の、自分でしか再現性のないようなやり方で持って仕事を続ける人です。

長嶋茂雄流の仕事の仕方は天才にだけ許される

geralt / Pixabay

あの昭和の大スターにしてミスター巨人軍の長嶋茂雄氏について、名場面を振り返る番組ではよく見られますが、彼は指導する際に、

 

「こうっスーッときて、パーン!ってやれば、あなたなら全然大丈夫だから、そうそう、こう球がスー、、パッパーン!って感じね。」

 

などと、その天才さゆえの感性をそのまま外出しするように指導していたのは有名です。

本来であればこう言う指導方法を取ることは、一般的な指導者としては許されないことでありましょうが、それでも野球というものが、

○個人の才能や能力によって極めて大きな結果の差が生じること(スポーツはいずれもそうですが)
○バッターの場合、10打席に3打席ヒットが出れば、プロの中でも十分な成績とみなされること(確実性を重視しない)

という特殊性を有しているので、「同じ天才ならわかるのだろう」という程度に温情を受けることができる。

 

しかし一般社会においてはそれは通用しないのであります。

長嶋茂雄風に仕事をする人の問題点

コアトルに言わせれば、あまり頭の良くない人に限って、会社の仕事で、まさに長嶋茂雄のような感覚を重視して、それをそのまま業務に反映させてしまう。

 

業務に関する説明を聞いても、

「これはモワッとしたやつで、これはキリッとしてる、と僕の中で整理していて、キリッというやつだった場合は、いわゆる[すぐ]の対応をしてます。モワッとした方は、[すぐ]手前の対応にとどめます。」

とか平気で言いやがる。

 

お互いが状況に関する背後関係を完全に共有していて、その抽象度の高い情報交換の基盤があり、そして(それだけではもちろん足りません)そういう言い方によって、

 

笑いが取れる、とか場を和ませる効果があるときには、確かにそういう言い方でもいいかもしれません。

 

しかし原理原則としてはその説明は説明になっておらず、それどころか仕事のやり方としても大いに間違っていると言わなければなりません。

仕事で大事なのは正確性、再現性、説明性

Free-Photos / Pixabay

モワッとかキリッとか、あるいはそれと同じような、抽象的な感覚をベースに仕事をするのはなぜいけないのかということですが、

 

そのやり方では正確性、再現性、説明性の観点から、全く役に立たないから、という1点につきます。

正確性

まず仕事というものは、正確であればあるほど良い。

 

それは何かものを作って納品するような業種に関わらず、事務作業においても、何においても、正確であることに越したことはありません。

 

しかし人間の感覚、というものは、ときには大変便利ですけれども、全幅の信頼を置けるようなものではありません。

 

ですから、理性から生じる言語を基盤にして、仕事の内容や手順や方法を整理することが重要なのです。

再現性

仕事というものは、誰がやっても同じ成果物が出来上がるような状態が、原則としては望ましい。

 

念のため申し上げておくと、私は独創性、新規性が求められる仕事というものを否定しているわけではもちろんないのです。

 

ただ、そういった仕事は今論じている仕事とは別次元の話だということを理解いただきたい。(もっとも、感覚だけで仕事をして、それを言語化できないような人は、見るべき独創性もない、というのがコアトルの持論です。)

 

再現性を満たすためには、やはり業務上現れる種々の条件を、言語化して整理する必要があります。

 

実際のところ、「モワッとした」と感じる事象を詳しく見て、それが満たされる条件を特定することは容易なのです。

 

そしてまた、普通の感覚だと、その条件を整理し、言語化するという動機は必然的に現れるものと思いますが、どうもそうではない人がいるらしい。

 

これを言語化できないと、当然マニュアルができませんので、他人に引き継げないし、他人にお願いするときも、関ジャニクロニクルの英語の伝言ゲームみたいに、

 

最後にはてんで異なる内容の業務が引き継がれたような状態になり、現場が大混乱を起こしてしまう。

説明性

これは一部繰り返しになりますが、結局感覚を重視して仕事をしているということは、言語化ができていないということを意味するのですね。

 

共通の概念を共有するための言語というものが用いられていないので、キリッとかフワッとかモワッとかいう、その人独自の発明言語を話されても、

 

聞いている方からするとちんぷんかんぷんなのであります。

 

仕事というものは、時に上長や他部署に対して説明を求められる場面も多々あります。

 

こういう時に、抽象的な感覚のまま仕事をしていると、結局資料化することができないということになるのです。

変わりたいなら早めに変わろう

mohamed1982eg / Pixabay

感覚を重視して仕事をする人が厄介なのは、上記のような仕事一般に供えられた特性を理解していないということだけではなくて、

 

妙に職人気質があることです。

 

言い換えれば「頑固」ということになりますが、こちらからその抽象性を咎めると、非常にストレスを感じるようなのであります。

 

「俺には俺のやり方があるんだ!」と言わんばかりですが、その仕事はあなたに成されるために生まれてきたわけではないので、

 

急に父親・母親面されても困るんですが、とにかく視野狭窄に陥ってしまっているのと、自分のやり方を否定されているような気がするらしい。

 

仕事というものは、基本的に平日は毎日やるものなので、当然癖づいてくるものです。

 

最初の段階で変な癖がついてしまうと、それを解きほぐすのにも苦労しますので、自覚のある方などは、早めにやり方を変えて、その感覚を言語化する意識を強く持った方がよいかと思います。

 

コツですが、その業務プロセスの説明を、会社の社長など偉い人にする場合を想定して、パワーポイントなどの資料に書き起こして見ることをお勧めします。

 

逆に上司としては、できるだけそういう機会を(資料作りだけでも)、部下に与えるということが重要になるかと思います。