時代遅れの学歴至上主義 学歴ばかり気にする親の特徴と向き合い方のコツ

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コアトルの放言

学歴というものは不思議なもので、あって困ることは全くないですが、一方でそれを持っていれば即、墓場までの安寧なる人生を保証してくれるものでもないというのが現代社会の常識となりつつあります。

 

良い大学に行くことに越したことはない、ということは冒頭からはっきり申し上げておきますが、そういうことも、大学を卒業して、社会の波に揉まれてようやく達観できるものです。

 

思春期においては、頭ではわかっていても、反抗心から学歴至上主義というものを煙たがってしまう傾向にあります。

 

ところが、そういう多感な時期に、学歴至上主義の権化となって現れるのが母親であり父親です。大抵の場合、母親が化身になることが多いのが一般的であります。

 

特に母親というものは思い込みが激しい傾向にあり、猜疑心の塊で、少しでも「学歴なんて」などという態度をこちらが見せようものなら、徹底的に洗脳しようとしてきます。

 

良い大学にいけない人間はまともな人間ではないかのような発言、人を判断するときの基準が学歴しかない、事あるごとに学歴が全てである、またはそれを匂わす発言を、事あるごとにする。

 

こういう大人は特に1980年代生まれの子供の親世代には多いのでありますが、その具体的な特徴を見て行くことにしましょう。



学歴コンプレックスである

1980年代の親世代というのは、まあ大体が1950年台後半〜60年台生まれということになりますが、青年期にはかなり経済成長も進み、大学進学率も高くなってきた時代です。

 

一方では特に女性の進学率はまだ低かったですから、大学にいけた人と行けなかった人、あるいは4年生大学に行く人と、短大に行く人などの差が顕著に出た時代でもありました。

 

こういう時代、つまり大学に行くことが、明治時代のように、極めて特別なことではなかった時代に、大学にいけなかった場合、それはコンプレックスとして人生に闇となって横たわってしまいます。

 

このコンプレックスを我が子には感じて欲しくない、そういう思いが強くなることはある意味では当然なのかもしれません。

 

こういう場合の子供側の対処ですが、頂くものなら夏でも小袖というように、与えられるものはありがたく受け取って、親の「高学歴主義に伴う勉強関係の支出の甘さ」を最大限に活用することが重要です。

 

この支出に甘えることは、何もあなたが主義思想を学歴至上主義に変更してしまい、いわば親の軍門に下ったことを意味しません。

 

むしろ「学歴などは腹の足しにもならない。今の時代重要なのは創造性と多動力だ」などと(あなたが本当は何を信奉しているのかは知りませんが)別の主義を信じておいてなお、親に対しては、学歴至上主義に同調するそぶりを見せる、いわばスパイ活動を並行して行い、権謀術数の騙し合いを日々行うCIAとか外交官とか、

 

そういう利口な人を演じることが重要です。そしてまたこれが、大人社会における人生遊泳の予習にもなる、ということを忘れては行けません。

学歴コンプかつ高卒である場合は厄介である

通常学歴至上主義、という風に聞くと、当然「良い大学に行くことが人生で最も重要である」という主張を意味します。

 

ところが、田舎の方に行くとそうでもなくて、「偏差値の高いナントカ高校に入ることが最も重要である」ということを意味する場合がある。

 

これは日本の田舎人の悪いところで、コミュニティがその狭いエリア、すなわち一つの市とか、県で完結している、そのエリア=全世界という認識を持っている場合は、

 

大学というよりもどの高校に行くかが重視されるケースがあるのです。

 

こういう親に生まれた場合は、最悪というほかありません。

 

というのも、人生において仮に学歴が有利に働くケースがあったとしても、それはほとんどの場合がどの大学を出たか、ということが問題になります。どの高校を出たか、が問われることはほとんどありません。

 

(補足すると、都内で、いわゆる御三家と呼ばれているような高校を出たかどうかというのは、超エリート層、例えば官僚や大手弁護士事務所などでは話題になり、影響が生じることがあります。というのも、そういう世界は東大出身であることがほとんど当然だからです。)

 

にも関わらず、圏内で一番偏差値の高い高校に行くことが、そして行かせることがその母親にとっての至上命題であるようなケース。

 

こうなると本当に最悪で、中学時代に徹底的な勉強を押し付けられ、いろんな塾に通わされる一方で、高校受験は浪人制度がない為に、一発勝負の厳しいストレスに苛まれる一方、家庭内では、A高校に行けない場合は一家心中する、などと母親が喚いている。

 

本当に、人生においては全然意味のないことに、多大な労力を費やし、そして運良く合格しても、それは親の名誉欲や自尊心を満たすことにはなるけれども、

 

本人にとっては何も良いことがないのです。

 

また高校進学後は完全に放任主義で、特に勉強圧力はかけないので、あっという間に落ちこぼれてしまい、最終的にはとんでもない大学にしか行けなくなるが、

 

親としては大学受験などもちろんしたことがないので、どうでも良いと思っている。。

 

私がとにかく言いたいのは、学歴は本当に、それが全てではないですが、あるに越したことはありませんし、できることなら東大に行きましょう。今はそれほど、みなさんが思っているより難しくありませんしね。

 

そしてそのことを、できれば中学時代くらいにははっきりわかっておいていただきたい。

 

周りがなんと言おうと、良い高校に行く必要はあまりなく、逆に良い大学に行くことはものすごく意味があります。

 

もしあなたが地方在住者で、親が私立でも、大学までエスカレーター式でもない高校の受験にガミガミ言うようなら、それを真に受けず、あくまで大学受験が最大に重要だと言うことを忘れないでください。

 

高校受験などと言う、しょうもないイベントで、決して燃え尽きないでください。

 

燃え尽きたら最後、そこで人生の半分は終わってしまうといっても過言ではないのです。