敵を作ることは悪いことではない 但し計画的に敵を作れ 味方は無限に増やせない

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人生の悩み

最近の田中角栄ブームのおかげで、角栄の人生・政界遊泳術に触れる人も多くなってきました。

 

関連書籍の中で紹介されるような、いわゆる角栄語録には様々なものがあります。

 

有名なところでは、「政治は数だ、数は力だ、力は金だ」であるとか、「初めに結論を言え。理由は、三つに限定しろ。」などといったものでしょうが、その中でも、

 

角栄が政界で出世するために必要なことはと問われて答えた言葉として「敵を作らないことだ」というものがあります。

 

この言葉を、最近の人は誤読していると思われます。あるいはわかっていてわざと誤読しているのかもしれませんが、とにかく誤読している人が多い。

本当に重要なのは味方を増やすこと

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石原慎太郎のものにしろ、秘書の佐藤昭子や早坂茂三、大下英治の本にしろ、全ての著書に、同じような趣旨のことが記載されています。

 

しかし、最も詳細と思われる大下英治の本などから内容を精査すれば、「敵を作らないことだ」という発言の本意とするところは、

 

曰く「広大な中間地帯、つまり普段は中立であるが、いざという時に味方になってくれる奴を増やしておくべきだ」ということなのであります。

 

より突っ込んで言えば、敵がいる、それも強大で不倶戴天、いつかは必ず戦わなければならないような敵の存在が前提となっているわけです。

 

ここの部分を理解せず、単に、

 

「敵を作るべきではない。角さんは敵を作らなかったから総理大臣になったのだよ。だから敵を作ってしまうような行動はよしなさい」

 

などという奴は海より深く反省して、リオデジャネイロにでも行ってくればよろしい。

敵を全く作らないというのは不可能

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少し違う観点から話しますと、以前別の記事で引用した有名なイソップ童話にもあるように、

 

「みんなを喜ばせようとすると帰ってみんなから嫌われてしまう」

 

ということも往往にしてあるのです。

 

もし「敵を作ってはいけないよ」とアドバイスを受けた人が、馬鹿正直に、一切の敵を作らずに、あらゆる人に八方美人でいたならば、むしろあっという間に皆んなから嫌われていしまいかねません。

敵が誰なのかを見定めてから味方を作れ

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さて、重要なことですから繰り返しますが、

 

敵を作るな、という主張は、「将来に絶対に避けることの出来ない敵との争いの際に、味方してくれるような人を出来るだけ多く作るべきだ」ということをさしています。

 

この争いが避けることの出来ない敵とは誰か、ということを、出来るだけ早めに察知することが重要です。

 

田中角栄の場合、その敵は福田赳夫でありました。角栄は総裁選に立候補する何年も前から、福田を将来の敵と看做して、対福田戦に当たっての準備を進めていたのです。

 

ここでもし、角栄語録を誤読したバカの忠告を聞いてしまっていたならば、あなたは福田赳夫(と同一視できるあなたにとっての敵)と仲良くしよう、という動きをしてしまいかねません。

 

そんなことをしたら、最初は向こうもいい顔をしますが、頃合いを見計らってあっさりと裏切られてしまうに決まっています。だから敵は敵、どこまで行っても敵だということを、絶対に理解しておいてください。

日常生活に置き換えてみると

日常生活で考えてみましょう。

 

あなたもそれなりの能力があって、それなりの功名心や出世欲があるのであれば、一度くらいは敵とみなすべき人物と対峙したことがあるのではないでしょうか。

 

学校であれば部活のライバルかもしれませんし、会社であれば、同期やそれに近い年次の、似たような上席ポストを争いそうな人物かもしれません。

 

好むと好まざるとにかかわらず、運命が争わせてしまう人物。

 

そのような人物を早めに確定できれば、まずは潰す、というのが合理的な選択です。

 

潰せるようなら潰すのが一番ですが、そこまでの力がない、ということが普通なので、次善の策として、将来のために味方を作っておこう、という話になるのです。

不用意に敵を作ってしまった場合のリスク

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さて、最後に、私の主張も誤読されると困るので、リスクについて、田中角栄の人生を引用して述べておきましょう。

 

田中角栄の政治人生に戻ると、福田赳夫の他に結果的に敵になった人物として三木武夫がいます。

 

三木は田中も認めた一級の政治家で、かつてはむしろ三木を援助する立場にありました。(=広大な中間地帯の一人にしようとしていた。)

 

ところが1974年に、角栄は懐刀の後藤田正晴を、どうしても三木派の重鎮久次米健太郎と同じ徳島県の選挙区に立候補させざるを得なくなりました。

 

これは後藤田の将来的な思惑(将来は衆議院選挙に出たいため、全国区ではなく選挙区において地盤を固めておきたかった)と、警察庁の内規などが理由だったのですが、

 

これを喧嘩と看做した三木軍団と戦争になったわけです。

 

選挙の結果としては、三木陣営の久次米氏が勝利したために、なんとか三木武夫のメンツは保たれたのですが、選挙後、三木の田中に対する態度は強行となり、

 

同じく実力者の福田赳夫との連携により、田中内閣倒閣へと一気に傾いたのであります。

 

ちなみにロッキード事件の時、総理大臣の地位にあった三木武夫について、三木が指揮権を発動しなかった(田中の逮捕を差し止めようと思えば差し止められたのにそれをしなかった)のは、この阿波戦争の恨みを晴らすためであったとも言われています。

 

後藤田という寵愛する人物の要望を聞いたばっかりに、不用意に敵を作ってしまい、政治生命を事実上絶たれてしまったわけですね。

 

そうしてまた、実際には長きにわたりキングメーカーとして君臨したのですが、これはまさしく角栄が築いた広大な中間地帯による支持の賜物であることも忘れてはいけません。

まとめ

これまでの主張をまとめますと、

◯たった1人の敵も作らないなどというのは人生における重大な間違いだ
◯むしろ敵を設定してそれを目標に努力せよ
◯敵との戦い時に味方になってくれる広大な中間地帯を作れ
◯あくまで敵は意図して設定せよ。不用意に敵を作ると後で怪我をする

人生というものはゲームですが、主に政治ゲームとお金儲けゲームに分けられます。

 

このうち政治ゲーム、すなわち社内における出世ゲームに際しては、敵を潰す、騙す、押し負かす、などという血生臭い行為がどうしても必要になります。

 

それを理解した上で、「敵を作るな」という角栄の主張を聞いてこそ、その真に意味するところが理解できるのではないかと思います。