朝起きれないのは体力が無いのかやる気が無いのかどちらなのか問題について

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人生の悩み

コアトルは小学校5年生くらいから朝が弱くなった。それ以降ずっと朝が弱い。

 

よく「朝が弱いんです」というと、「体力ねーなお前」などと言われるのですが、少なくとも運動的な意味での体力は他の人よりはあると思う。

 

小学校のころからバスケットボールやラグビーやサッカーなどをやっており、部活にも所属していたし、相当走り込んでいましたので、絶対にそれはないと断言出来るのです。

 

なのでどう考えても体力が原因ではありません。

 

低血圧で朝起きられないは嘘

次に良く聞くのが、「低血圧」という理由付けで、これもどれほど根拠があるものなのかは知りませんが、少なくともコアトルは低血圧ではありません。

 

収縮期の血圧(上の血圧)は120前後、拡張期の血圧(下の血圧)は70前後でむしろかなり正常な部類です。

 

確かに低血圧症という病気っぽい症状もあるようで、その場合には体に不調が出る場合もあるらしいが、低血圧症の基準は上が100以下、下が60以下というから私には該当しません。

 

そしてそもそも、低血圧症は朝だるかったり寝起きが悪いという症状の直接の原因ではないようです。
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確かに低血圧だと自律神経失調症になる可能性が比較的高いらしく、自律神経失調調の場合は、自律神経のバランスが乱れ、朝起きられなくなりますから、そういう意味ではある程度の相関があるのでしょうが、低血圧だから朝起きられない、というのは成り立ちません。



鬱病になると朝起きれない

朝起きられない理由としてもう1つ有名なのが、鬱です。

 

「イエーイ」で有名な芸能人の高島なにがしというのがうつ病にかかった事を公表して話題になりましたが、その時語った症状として「朝起き上がることも出来なくなった」というのがありました。

 

鬱病になってしまった場合、本当に、どうやっても起き上がる力が湧いてこず、そのまま寝たきりや引きこもりになってしまう事があるそうです。

 

私の場合、やはり「会社に行かなくては」という思い出なんとか起きていますが、起きたての時はふらふら壁にぶつかりながらでないと歩けないくらいですから鬱的な症状があるのかもしれません。

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私の場合兎に角やる気が出ない

まあ総じて言えば、朝起きれない原因は体力的な問題(過労を含む)と、精神的な問題に分けられるでしょう。

 

しかし私はここ15年以上、毎日朝起きるのが辛いですから、体力的な問題が原因であるとは言えず、やはり精神的な問題が原因なのだと思います。

 

より俗っぽく言うと、ここ15年くらい、人生に対する生き甲斐とか喜びとかやる気、そういった気持ちを感じたことが殆どなく、何か厭世的でやる気が無く、傍観者的人生を歩んでいます。

 

何か挫折があったとか特定のエポックメーキング的な事件があったわけでもないのですが、何故かやる気がでず心の底からやりたいと思うようなことが全くない。

 

小学校くらいのときは、明日が楽しみで楽しみで、気分が高揚していて、朝も誰にも起こされずに起きていたくらいですし、その時の記憶も本当に鮮明に残っています。

 

成人して以降、勿論私だってデートや旅行等色んな、楽しいはずのイベントがありました。

 

そういうイベントが企画された瞬間はやはりそれなりに楽しい気分にはなるのですが、イベント当日が近づけば近づく程、むしろ憂鬱になってきて行きたく無くなります。

 

あまり楽しんでいる自分が想像出来ず、基本的にネガティブなイメージが多く湧いてくるようになり悲観的になります。

 

「服を反対に着ていったらどうしよう」、

「途中でお腹が痛くなってウンコ漏らしたらどうしよう」、

「ドタキャンされたらどうしよう」、

「実は向こうは行きたく無いんじゃないか」、、、

 

こういう不安が止めどなく湧いてきて、全然楽しく無くなるのです。

 

自己実現の未成就

この問題に対して、そろそろ根本的な解決策を探さなければ、本当に人生が詰んでしまうと思い始めたので、まずは特に問題の所在であると思われる、精神的原因に対して深堀をすべく、自己分析から始めたいと思います。

 

朝起きれない原因と思われるやる気のない状況については、おそらく自己実現の未成就が大きな要因ではないかと見ています。

 

私は美容院に行くのが異様に億劫な男性は「いい子症候群」 原因と傾向と対策毒親に当たった男の末路 何も自分で決められずマザコンの濡れ衣を背負う人生でも書いたように、かなり過保護な毒親に育てられたわけですが、このときに過剰な期待を背負う事になりました。

 

スパルタ教育を受けたおかげで成績は良かったのですが、ベルトコンベアのように流れてくる色々の教材をこなしていたことが背景にありましたから、自分の頭で何かを考えるという習慣がつかずじまいでした。

 

それはちょっと本筋から離れるのでそれくらいにしておきますが、兎に角そういう過大な期待を背負い、かつ成績的には結果を出していたものですから、先生や親戚からの期待も過剰で、まさに「末は大臣」的な環境で過ごしました。

 

私も当然いい気になって、20代で1億稼いで良い女を沢山侍らせて、愛人は10号くらいおり、大奥を形成し、マスメディアからも取り上げられ世界的にも有名で、、、、

 

そういった人生が待っているのだと、当然に思っていました。

 

実際のところ今でも思っているのですが、まったく現実は只のしがないサラリーマンです。

 

この現実の自己と理想とのギャップが大きすぎるために、「ああどうせこんな人生なんだからもういいや、全然楽しく無い」という気持ちが発生し、やる気がなくなり、朝起きる気力が無くなってしまうように思われる。

 

私の場合、思春期の頃からずっと、強くそういう高すぎる非現実的な目標を設定してきたものですから、どうしても現実的な考えに戻るのが難しい。

 

それに加えて卑屈な負けず嫌いですから、増々そういった高い理想を引っ込めるのに逡巡している。

 

しかもその理想をよしんば引っ込められたとして、人生が急に楽しくなるとも思えない。

 

そういう訳ですから、まずはこの問題を止揚し、より高度な次元へ自身を高めないといけないと思っています。

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自己実現の未成就パート2

他の原因についても考えてみます。

 

私は確かに、未だにお金持ちになって良い車を乗り回して人を支配したいと思っている。

 

私は選ばれし選民であって、周囲の人間はみんな馬鹿で無知蒙昧の有象無象と思っているから心からの尊敬などはしていない。

 

こういった私の理想の人物像において、最低限必要とされる容姿、すなわち低く無い身長、爽やかなルックス、高くスマートな鼻、力のある目、演技の良さそうな額、そしてハゲでないこと、等と言った条件に、私の容姿があまり合致していないということも1つの原因です。

 

昔アメリカ史上最大の破綻となったエンロンという会社の若社長(ジェフリー・スキリングだったかしら)などはおそらく私の似たようなマインドセットをもっていたのか、企業株価の上昇でメディアから取り上げられる機会が増えたのに合わせて、急に整形したりスポーツジムに通って肉体改造に励んだというから面白い。

私が成功者に当然備わっているべきと考える資質のうちの、容姿の部分において、少しでも近づけられれば、このやる気が無い病が緩和されるかもしれない。

 

しかしそうすると整形をしなければならなくなるが勿論そんな勇気はないのである。また、私はかねてより若はげであると言っているが、育毛のためにクリニックにいく金があるわけでもありません。

 

こうなると増々絶望で増々やる気が無くなってしまう。

 

こうやって書いてくると、私はどうやら人より承認欲求が強いように思われます。

 

少なくとも会社員として、周囲から認められるような、圧倒的な能力、全てにおいてでなくてもいいから、何か1つ一芸に秀でることが出来れば、少し毎日が楽しくなるかもしれません。

 

いや、実際のところ私は周囲から仕事が出来ると評判だが、そんなレベルでは全然満足出来ない。

 

社長とかにならないと無理である。しかも20代とか30代で。

 

それくらいのレベル感で何か幸運が無ければどうにもならないような気がしますが、結局それだと何も解決にならないので、とりあえず専門的知識でも勉強しようかな。。。

 

続く