若者の外出離れの原因は内向性に起因する「外出による疲れ」を避けたいからである

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コアトルの放言

外出、というのはどうも疲れます。

 

特に、休日にわざわざ、たまにしか会わない友人らと食事に行ったり、パーティに行ったり、飲み会に行ったりすると、家に帰ってからドッと疲れます。

 

忘年会、送別会などの飲み会もそうです。

 

イベントの間は、実際に相当楽しいですし、それほど疲れも感じないのですが、本当に家に帰った途端に、子泣き爺のように疲労がのしかかります。

 

こういう経験、皆さんもありませんかね?

 

私コアトルは、最近の20代は、私を含め特にこの傾向が強いと推測しております。

 

このところ若者の外出離れが話題になったりもしますが、原因のとしてよく挙げられるのが、賃金の低下と、仕事の疲れ(休日はゆっくり休みたい)というものです。

 

確かにそれらも真理の一面をついているに違いありません。

 

しかし、本当に娯楽に使うお金が全然ないとも思えませんし、また、疲れと言ったって、土日2日とも休みなのであれば、その2日とも外出できないほど、平日の仕事で疲労困憊するような人もそれほど多くは思えないのです。

 

むしろ、平日働き詰めだから、リフレッシュのために外出する、というのも論理としてはおかしいものでもありません。

 

にもかかわらず、やはり外出を控える傾向が、特に若年層の間では顕著なのです。

 

ご参考: 外出する人が調査開始以来最低に~平成27年度全国都市交通特性調査(速報版)の公表について~

この原因は、「疲れているから」ではなく、「外出するとめちゃくちゃ疲れる」と感じている人が、特に最近増えているからであるとコアトルは考えております。

 

ではなぜそのように感じる人が増えてきたのでしょうか?



外出離れの原因は内向的性格の市民権獲得

TEDで比較的有名な、スーザン・ケインという人の、内向的性格に関するプレゼンがあります。

彼女がいうには、内向的な性格の人は、2〜3人に1人だそうです。

 

ただ、冒頭でも彼女が触れているように、内向的性格の人間は、アメリカの社会では、肩身の狭い思いをしている。社会的カーストにおいては、常に低層部に位置しているというわけです。

 

そして、これは日本でもおそらくそう(少なくともそうだった)でしょう。

 

根暗とか、陰気、おたくっぽい、などというのは、概して内向的性格の人間に対する侮蔑的な言葉です。

内向的性格のパラダイムシフト

ところが、日本においては2000代以降、インターネット掲示板文化の普及などで、内向的であることを恥じないような新人類が現れました。

 

ぼっち飯、という言葉は、当初に比べれば前向きな意味で捉えられるようになりました。

 

[st-kaiwa1]「私はおたくです」[/st-kaiwa1]

 

と行っても女性から引かれることも少なくなりました。

 

こういう訳で、日本においては、ここのところ内向的性格の人間が肩身の狭い思いをすることはなくなってきたのです。

 

これは素晴らしいことで、そもそも外向的な性格の人が、内向的な人よりも優れているとか、そういう科学的事実は皆無で、状況によっていずれのタイプも十分に活躍の場がある訳ですね。

 

私自身が内向的な性格であるから、そういう意味では、内向的な性格でも肩身の狭い思いをしない、非常にいい時代になったと、心から思っています。

 

しかしながら、この風潮には、内向的性格の人間に対して思わぬ副作用をもたらしているように思います。

 

そしてそれこそが、若年層が外出を控える一番の原因であると思うのです。

内向性の罠

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内向的性格の人の1側面として、外向的人間としての演技力、という能力が挙げられます。

 

一方で、外向的であることが善とされている時代からパラダイムシフトが起こった2000年代前半に学校生活を送った現代の20代の若年層は、この外向的人間としての演技力を身につけることができなかったのではないかと私は思います。

 

肩身が狭いゆえに、グループワークをする時や、文化祭など、どうしても他者と積極的にコミュニケーションを取らなくてはならないような時には、精一杯外向的人間を演じていた昭和生まれの人間は、比較的演技力が高く、またその耐性もあるのです。

 

しかし、そういった演技の経験さえあまり積んでこなかった今の20代(もちろん私をギリギリ含めますが)は、他者に対して外向的な風に演技することに慣れていないので、一度そういう演技をすると異様に疲れるのです。

 

いわんや、平日働きづめで、せっかくの休日に、わざわざ誰かと外出して酒を飲んだり、ボーリングをしたりするような時に、自分一人が居直って携帯ばかりいじっている訳にもいきませんから、出来るだけ演技しようと努力し、実際できるものなのです。

 

しかし悲しいかな、あまりそういう修行をしてこなかったので、やはり異様に体力を消耗してしまう。

 

これは、一人で外出した場合も一緒です。

 

銀座に行けば、皆見知らぬ人だが、多くの人が笑顔で楽しそうに歩いている。

 

服屋に入ると、頼みもしないのに綺麗な女性が服を勧めてくる。

 

美容院の兄ちゃんは楽しませようと話しかけてくる。

 

漫画喫茶なんかだと人とは会計時以外話さないだろう、というかもしれませんが、そういうのはもはや家でレンタルできる時代です。

 

要はとにかく疲れる、疲れを感じるのです。

 

若い方で、結婚式に呼ばれると、帰って即熟睡してしまうほど疲れたりしませんか?

 

送別会くらいしか出ない会社の飲み会でも、やっぱり昔より疲れたと感じませんか?

 

これは全て内向的であることが肯定され、堂々と主張できる時代に生まれた幸福と裏腹の現象なのです。

 

肯定されるがゆえに易きに流れ、対人コミュニケーションにおける演技修行を怠ってしまった。

 

その結果、特に複数人での外出などでは体力を消耗するために、それを恐れて外出を控えるようになったのです。

 

これが現在の若者の外出離れの原因であるに違いない。私の人生を振り返ると、どうしてもそういう結論にしか辿り着けないのです。